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福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)235号 判決 1953年7月22日

控訴人 被告 前野保

訴訟代理人 木下秀雄

被控訴人 原告 山下峰作

訴訟代理人 丸山敬次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

本判決は被控訴人において金三万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決並に仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、本件物件が、かつて被控訴人主張の工場抵当権の目的物中に含まれていたことは認めるが、その後該物件については抵当権者において抵当権を抛棄し、抵当物件から除外されていたものである。仮にそうでないとしても、控訴人において善意無過失でこれを買受けたのであるから、民法第百九十二条により、即時その所有権を取得したものである旨述べ、当審証人西常男、内村六郎の各証言並に当審における控訴本人訊問の結果を援用し、被控訴代理人において、当審証人姫野辰蔵、榊信義の各証言並に当審における被控訴本人訊問の結果を援用した外、原判決当該摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

訴外株式会社八女製作所が昭和二十四年八月二十九日訴外姫野辰蔵のため、原判決添付「物件の表示」記載の工場に属する建物と該建物に備附けた旋盤(六呎)一台及び製罐ロール一台(以下単に本件物件という。)を含む機械、器具とに対し、工場抵当法第三条による抵当権設定契約をなし、同月三十一日福岡法務局八女支局登記受附第二四九一号をもつて、これが登記を了したこと及び控訴人が同年十二月中、本件物件のうち旋盤一台を前記訴外会社から買受け、又製罐ロール一台を同訴外会社から買受けた訴外樋口好松から更に買受け、これらを使用占有していることは、いずれも当事者間に争がない。そして、いずれも成立に争のない甲第一、二号証によれば、抵当権者たる前記姫野辰蔵は該抵当権の目的物件に対し競売の申立をなし、同年十月二十二日競売開始決定がなされ、競売の結果被控訴人において代金六十二万六千七百円をもつて競落し、昭和二十五年三月二十四日競落許可決定あり代金完済の上その所有権を取得し、同年六月十二日これが登記を経たことを認めるに十分である。

ところで控訴人は、本件物件については前記訴外会社の代表取締役内村六郎において、抵当権者たる訴外姫野辰蔵から抵当権の抛棄を受け、これが処分につきその同意を得て工場に属する建物と分離した物件であるから、これにより抵当権は消滅している旨抗弁するので考えてみるに、原審並に当審証人内村六郎、当審証人西常男の各証言及び当審における控訴本人訊問の結果中、右抗弁事実に副う部分は、たやすく措信し難く、他にこれを首肯するに足る証拠は存しない。却つて原審並に当審証人榊信義、姫野辰蔵の各証言に徴するときは、前記姫野辰蔵において本件物件に対する抵当権を抛棄乃至本件物件を抵当権の目的たる工場に属する建物と分離して処分するにつき同意を与えた事実はないことが窺えるので、控訴人の右抗弁は採用することができない。

次に、控訴人の即時取得の抗弁について考察するに工場抵当の目的たる建物に備附の動産は、所有者が建物から分離してこれを第三取得者に引渡した後と雖も、抵当権者は、その同意なくして分離されたものであるときは、その物に抵当権を行うことができることは工場抵当法第五条第一項の規定するところであるけれども、同条第二項はかかる動産について民法第百九十二条の適用を妨げないと規定している。ところで工場抵当の目的たる建物の備附物の所有者は、抵当権者の同意なくして備附物の分離をなすことを得ないけれども、その分離した物に対しては依然所有者であり処分権を有しているのであるから、かかる所有者から備附物の引渡を受けた第三取得者は、処分権のないものから権利を取得したのではなく、抵当権者の同意なくして分離されたものを取得したものでつまり、抵当権の負担のついた物を取得したこととなるのであるが、民法第百九十二条の要件を具備するときは抵当権は消滅し第三取得者は抵当権の負担のない動産上の権利を取得することとなさねばならない。従つてこの場合同条の要件として具備することを要する善意無過失は、処分者の無権利者であることについてではなく、いわゆる備附物が抵当権者の同意なくして分離されたということ、すなわち抵当権の存することを知らず且その知らざるについて過失のないこと別言すれば備附物の分離は抵当権者の同意を得たものであると信じ、且その信ずるについて過失のないことを要するものと解すべきである。

さて、本件について見るに、当審における控訴本人訊問の結果の弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人及び訴外樋口好松は、本件物件がもともと本件工場抵当の目的たる建物に備附のものであることは承知していたが、これを建物から分離して処分するについては抵当権者の同意を得ている旨の所有者(抵当債務者)の言を信じて、つまり善意にて所有者から買受けたことは、これを認めることができるけれども、右のように、控訴人等は本件物件がもともと工場抵当の目的たる建物に備附のものであることは承知していたのであるから、所有者が本件物件を該建物より分離することすなわち備附物たることを廃止することは抵当権者の同意を得ていると信ずるについて過失がなかつたと言いうるがためには、単に所有者の前記のような一方的な言明のみをもつては足らず、更に進んでその事実の有無を確めるため抵当権者に問合せるとか或は所有者にこれを証するに足る書面の提示を求めるなどの方法をとることを要するものと解すべきところ、控訴人及び樋口好松においてかかる事実の有無を確める手段をとつたことについてはこれを認め得べき何等の証拠も存しないので、同人等が本件物件の分離すなわち備附物たることの廃止は抵当権者の同意を得ていると信ずるについて過失がなかつたとはいえないから、控訴人の右抗弁も亦理由がない。

そうだとすれば、前記抵当権の効力は本件物件に及ぶこと勿論であつて、控訴人は競落により本件物件の所有権を取得した被控訴人に対し、これが引渡を妨ぐべき権利を有しないこと明であるから、その引渡を求める被控訴人の本訴請求は、これを認容すべきである。

よつて右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 川井立夫 裁判官 天野清治)

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